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諏訪簡易裁判所 昭和33年(ろ)2号 判決

被告人 永谷史郎

主文

被告人を、判示所為のうち、昭和三〇年一二月一日から昭和三二年一月二七日までの所持の点につき罰金五〇〇円に、その余の所持の点につき罰金一、〇〇〇円に処する。

被告人が右各罰金を完納することができないときは、いずれも金一〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収中の空気銃一丁(昭和三三年証第一号の一)はこれを没収する。

理由

第一、罪となるべき事実

被告人は、法定の除外事由がないのに昭和三〇年一二月一日から昭和三二年一一月一九日頃までの間、長野県諏訪市大字上諏訪三、一八〇番地の自宅及び近所の長嶋某方蔵の中において、空気銃一丁(昭和三三年証第一号の一)を所持したものである。

第二、証拠の標目(略)

第三、本件犯行(継続犯)の中間に確定判決のある事実

被告人は、昭和三二年一月九日諏訪簡易裁判所において、道路交通取締法違反の罪により科料五百円に処せられ、右裁判は同月二七日確定したものであつて、この事実は、諏訪区検察庁検察事務官作成の前科調書によつて明らかである。

第四法令の適用

法律に照すと、判示被告人の所為は銃砲刀剣類等所持取締令第二条第二六条第一号罰金等臨時措置法第二条に該当し、これは継続犯たる一罪である。そして、前記のとおり被告人には昭和三二年一月二七日確定した罪がある。継続犯の中間に他罪の確定判決の存する場合には、右確定判決のあつた時を境としてその前の罪と右確定判決を経た罪とは刑法第四五条後段の併合罪の関係にあるものと考えるのが相当である。すると、判示被告人の所為のうち、昭和三〇年一二月一日から昭和三二年一月二七日までの所持罪と前記確定判決を経た罪とは刑法第四五条後段の併合罪の関係にあるから、同法第五〇条により未だ裁判を経ない昭和三〇年一二月一日から昭和三二年一月二七日までの所持の部分の罪につき更に裁判をなすべく、これにつき所定刑中罰金刑を選択し、右の点については情状憫諒すべきものがあるから、刑法第六六条第七一条第六八条第四号罰金等臨時措置法第二条第一項但書により酌量減軽をなし、その余の判示所持の部分についても所定刑中罰金刑を選択し、それぞれその罰金額の範囲内で被告人を主文第一項掲記の各罰金に処する。被告人が、右各罰金を完納することができないときは、刑法第一八条によりいずれも金一〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、押収中の空気銃一丁(昭和三三年証第一号の一)は、被告人の本件犯行を組成した物で被告人以外の者に属しないものであるから、同法第一九条第一項第一号第二項によりこれを没収することとし、訴訟費用は被告人が貧困でこれを納付することができないものと明らかに認められるので、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人にはこれを負担させないこととする。

第五、一部罪とならないが無罪の言渡をしない理由

本件起訴状によると、被告人が、判示空気銃を昭和二八年一一月頃から昭和三〇年一一月三〇日まで所持していた点をも起訴したものとみられるが、右の期間は空気銃の所持が処罰の対象となつていなかつた期間であるから、その点は罪とならず無罪であるけれども、これは判示行為と継続一罪の関係にあるものとして起訴されたものと解すべきであり、一罪の一部が罪とならない場合であるから、主文において特に無罪の言渡はしない。

第六、弁護人の主張に対する判断

弁護人の主張のうち、法律上判断を要するのは最後の三のみであるが、本件の特性にかんがみ一及び二についても判断を示すこととする。

一、構成要件について

弁護人は、「被告人は、本件空気銃を昭和二九年三月頃から昭和三二年一一月五日まで近所の長嶋某に預け、その期間空気銃を所持していることを忘れ、所持についての意識はなかつたのである。であるから、右の期間中は所持の心素と体素を欠き、その間は被告人に銃砲刀剣類等所持取締令第二条に定める所持があつたということはできないから本件は構成要件に該当する事実を欠如する。」と主張する。しかして、銃砲刀剣類等所持取締令第二条にいう所持とは、人がその実力支配下に物を保管することをいうと解すべきであるが、被告人の当公廷及び司法警察員の面前における各供述によると、被告人は、右の期間判示空気銃を風呂敷に包んで衣類の間に入れ、さらにその衣類を衣類包で包んだ上これを近所の長嶋某の蔵を借りてその中に置いたことが明らかである。このような場合、その包の内容物は被告人の実力的支配下にあり、空気銃の所持は被告人にあるというべきで、所持が長嶋某その他被告人以外の者に移つたとはいえないから、空気銃に関し最初成立した被告人の所持は長嶋某の蔵の中に在つた期間も継続されていたと解すべきである。また、前記証拠によると、右の期間被告人に所持の意識が全然失われていたとも解されない(薄れたものであつても所持の意識が残つていたからこそ被告人は友人と焼鳥で酒を飲んでいる際、友人から空気銃で鳥がよくとれるという話を聞き本件空気銃を長嶋某の蔵の中に置いてあることを思い出したものといえる)。所持の始めと終りには明確な所持の意識があつたのであるから中間においては忘れていたといえるような意識状態であつても全期間を通じて所持の意識があつたというべきである。それ故、弁護人のこの点の主張を容れることはできない。

二、犯意について

また、弁護人は、「本件事犯は法定犯であり、法定犯には犯意の内容として違法性の認識を要すると解すべきであるが、被告人には違法性の認識は全くなかつたのであるから犯意がない。」と主張する。その点については、弁護人の見解と同様犯意に違法性の認識を要するという有力な学説があり、傾聴すべき見解ではあるが、我判例は、一貫して自然犯たると法定犯たるとを問わず犯意に違法性の認識は要しないとしている。従つて弁護人の右主張も採るを得ない。

三、期待可能性について

さらに弁護人は、「前記一及び二において弁護人が主張したような事情の下においては、被告人に空気銃の届出をなし且つ許可を受けて適法な所持をなすべきことを期待することは不可能であるから被告人の責任は阻却される。」と主張する。しかし、空気銃は、昭和三〇年七月四日法律第五一号による銃砲刀剣類等所持取締令の改正により新らしく「銃砲」の中に入れられて取締の対象となつたが、同改正法は、同年一〇月一日から施行されたのにもかかわらず、その附則第二項において空気銃の所持の許可に関する経過規定を置き、右改正前から空気銃を所持していた者は改正施行の日から六〇日を限り適法な所持とみなし、その期間内に所持の許可の申請をなすべきことを国民に望んでいるのである。このような規定の下においては、被告人を含む平均人に対し、適法な行為を期待することは少しの無理もないことといい得るから、被告人に適法な所持を期待することができないという弁護人のこの点の主張も排斥を免れない。

以上説明の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中加藤男)

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